フィラデルフィア日記

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Diary.2014.June 4. Wednesday. 

日記。2014年。6月4日。水曜日。

 昨日の僕の記事に返答コメントがあった。

●    MozartJPN

”私の母は1933年生まれで、終戦は旧満州吉林省で迎えました。終戦直後に両親を腸チフスで失い、8歳と2歳の弟二人を連れての帰国。2歳の弟は中国人に売られてしまい、取り返しての帰国で苦労の連続だったとよく申しておりました。「あの頃の苦労を考えれば何も怖くない」が口癖でした。”

1946年の当時、僕はまだ16歳の子供だった。

コメント筆者の母上は当時12歳の吉林省育ち、両親を失い、8歳と2歳の弟二人を抱えた”独立行”だった。”取り返し”の句が釈然とせず、何度も我が目を疑いながら読み返した。

僕は満洲の、”吉林、四平街、延吉、通化”を結ぶ地帯をよく覚えている。

東欧のバルカン地区に似た民族関係問題地区だ。しかも、敗戦当時、関東軍の最終作戦は通化に陣どった玉砕だったと読んだことがある。

売り飛ばされたあの日本人兄妹の後姿は僕の人生を完全に変えた。

七十年後の現在になっても、僕は忘れないでいる。

 書き込んでくださったコメントありがとうございます。

Wed, June 4. 8:20 pm