フィラデルフィア日記

アメブロから引っ越してきました。もとのブログはこちら→ http://ameblo.jp/thomas-penfield/

Diary. 2014. September 3. Wednesday.

日記。2014年。9月3日。水曜日。

● 午前6時40分。今朝は年例の網膜検査。チャック同伴でニュウタウン広場の眼科を訪れた。異常なし。

● 今朝、名古屋のS.K.さんから初めてのお便りを戴いた。有難く思う。

トーマスさん、こんにちは。
ブログで、日本家屋のことを書いていらっしゃいましたね。
私が住んでいる家は、福井県の武生というところに建っていた築80年ぐらいの古民家を、解体して名古屋まで運び、移築したものです。家を建てることになった時に、夫の希望でそうしました。
日本家屋は断熱が弱いので、壁にしっかり断熱材を入れ、窓ガラスは二重にしました。冬には居間に床暖房が入ります。古民家の持ち主が、解体・撤去してくれれば無料で家をくれると言ったので、費用は新築の家と同じくらいで済みました。

家の天井は梁が剥き出しで、遊びに来たイギリス人の友達は、「スイスの山小屋みたいだ」と言いました。床暖房の居間などは板張りですが、和室も2部屋あり、欄間や障子などの建具は、昔のままのものです。問題の「床の間」には、夫の建て替え前の実家から持ってきた古くて立派な栗の木の一枚板を使いました。掛け軸はかけていませんが、床の間の上にイースター島で買ってきたたくさんのモアイを並べてあります。

エアコンはあるし、トイレもお風呂も近代的なものですが、子供たちは「日本家屋」に慣れ親しんでいるので、もちろん「床の間」も「縁側」も知っています。我が家は特殊なケースかもしれませんが、古民家の再生は「静かなブーム」で、根強い人気があります。
できれば、トーマスさんにも遊びに来ていただきたいです。”
● 東洋から七十年以上離れて暮らす僕にとって、貴方のようなご夫婦が日本に健在だということは、慰めです。

すえながく、日本建築がのこりますようにと思います。

お便り、ありがとう。

● のりこさんが大連ヤマトホテルに滞在中とのこと。1946年の春から秋にかけて僕と(ユダヤ系)親友モルデカイは大連病院背後の海星学院と大広場を往復しては、あのホテル入り口の大理石を敷き詰めたすばらしい大広間で一休みし、大広場を横断したものだった。1946年秋に僕は一家と大連を脱出した。68年前のむかしだ。娘のアナスタシアも今年の春にこのホテルを訪問している。

僕にとって故郷は大連しかない。