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フィラデルフィア日記

アメブロから引っ越してきました。もとのブログはこちら→ http://ameblo.jp/thomas-penfield/

Diary. 2014 October 28. Tuesday.

日記。2014年。10月28日。火曜日。

● 独逸軍兵士だった朝鮮人男性。Yang Kyoungjong.jpg

Yang Kyoungjong - Wikipedia, the free encyclopedia

en.wikipedia.org/wiki/Yang_Kyoungjong
 
 
Yang Kyoungjong ( c. 1920 – April 7, 1992) was a Korean soldier who fought in the Imperial Japanese Army, the Soviet Red Army, and later the German ...

 今日上掲記事を発見した。

満洲育ちの人で僕より9歳年上。ノモンハン事件当時に日本軍兵士にとして応召し、ソ連軍捕虜となり、捕虜収容所にぶちこまれたあと、ナチス独逸侵略で今度は  ソ連軍兵士として対独逸東部戦線に転用されるが、1943にウクライナのハルコフ第三戦闘でドイツ軍捕虜となり、独逸軍兵士となることを強制された。

その後、1944年6月に今度はノルマンディー戦線で1944年6月に米軍捕虜となる。その後米国に移され、釈放されて終戦後イリノイ州 に住み、1992年に死んだそうだ。

感想深く略歴を読んだ。                            

 亡国の悲哀ってこんなもんだ。  歴史ってくりかえすばかり。

僕の母方の叔父が東大医学部をでたあと、日本官憲の朝鮮知識人監視眼を避けて満洲ハロンアルシャンはずれの貧乏村で中国農民相手に病院を設置して暮らしていた。

日本敗戦と同時にソ連軍が雪崩れ込み、彼は今度は強制連行されて行方不明になった。

叔母は村民の保護で脱出しソウルに戻り、僕と彼女は1946年の冬に会った。

またもや今度は朝鮮戦争で彼女は行方不明になったまま。

生きていたら百歳以上になる、勿論もうこの世の人ではないだろう。

 

● 午前中、チャックのジャイアント買出しと、相伴。

午後にチャックは今度は教会のConfirmation式で助祭。近所のバスク育ち男性の二人娘さんたちのConfirmationだったそうだ。

彼は夕方9時すぎにもどった。(耶蘇会の聖ヨセフで、バスク育ちとはふるっている。)